フィッシュストーリー

伊坂幸太郎の最新作。ちょっと古いけれど。

本作は4つのストーリーからなる短編集なのですが、それぞれの話が前作までに登場したキャラのサイドストーリーになっているので、過去の作品を読んだことある人には、わりとたまらない本になっています。もちろん読んだことない人でも十分に楽しめます。

さて、伊坂幸太郎の小説といえば、小気味のいい洗練された会話ですね。今回もずいぶん楽しませてもらいましたが、僕は、特に「ポテチ」という短編の次のくだりがすごく好きでした。

「ビルの上。屋上。じゃあね、飛び降りるから」
「ちょっと待って」今村は、相手に電話を切らせまいと必死だった。「今からそっち行くから。まだ飛び降りないでよ。どこにいるんだよ」
「何」女は鼻で笑う様子でもあった。「いつになく、一生懸命じゃない。やっぱり、遺書ってのに、びびったわけ」
「どこ」
「教えないよ、そんなの」
「今から行くから」今村は髪の毛を強く掻き毟った。女の高所から見下してくるような口調に苛立ちながらも、本当に死なれたら堪らないな、と焦っていた。気づいたときには、「キリン乗ってくから!」と口走っていた。「キリンに乗ってくから、場所教えて」と。
女が無言になった。おい、と隣の中村が目を丸くしている。おい、大丈夫か、とささめく。
「キリンに乗って、そっちに行くよ」
「はあ?」
「見たいだろ。俺なら見たいよ。仙台の街のそのビルの屋上に、キリンだよ。オレなら見てから死ぬね」
「嘘ばっか」女がまた騒ぎ出した。「あんた馬鹿じゃないの」
「嘘だと思うのは簡単だけど、いいわけ? キリンに乗って俺がそっちに行くの、見ないで死ぬわけ?」今村は、自分の頭に血が多く流れ込み、すでに冷静さが失われていることに気づいたが、口は止まらなかった。「見てから死にゃいいのに」
キリンと来たか、と中村がぼそっとこぼすのが聞こえた。(P179)

ここに登場する今村と中村は泥棒で、ある男の家に空き巣に入っていたところにちょうど「今から自殺するから」と女から留守電にメッセージが入ります。

それを聞いてしまってどうにも後味の悪くなった今村が、わざわざ女に電話をかけ直して必死に自殺を止めるシーンなのですが、キリンキリンいってる今村がなんだか妙に微笑ましくて、思わずニヤニヤしてしまいました。

この「ポテチ」にも登場しますが、伊坂ファンならおなじみ黒澤さんが活躍する「サクリファイス」や、時間を超えて話が絡み合う「フィッシュストーリー」など、どの話もステキだったので、読後感にいい意味のひっかかりがあるタイプの本が読みたい人は秋の夜長にどうでしょうか?

さて、僕は、また過去の作品を読み直そうかなっと。

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