左と右

夢を見た。


僕はダイエーの屋上のベンチで本を読んでいる。なんでダイエーなのかはよくわからないが、とにかくダイエーの屋上のベンチで本を読んでいる。屋上には「ミラーハウス」という鏡だけで構成されている建物が期間限定で仮設してあり、たくさんの子供がそこで遊んでいる。

突然、小学生くらいの女の子が近づいてきて僕に話しかけてくる。

「ねえ、おにいちゃん。鏡って左と右が逆になるのに、何で上と下は逆にならないの?」

確か「鏡の問題」とかいう名前がついてる有名な問題だ。

この話にはいくつか説明の仕方があるけれど、僕自身は、前に小説で読んだ説明に自分なりの解釈をあわせた形で納得したつもりだったので、そんな感じの説明を試みる。

「人間にとって上と下っていうのは、とてもハッキリしてる定義だからだよ。逆に、左と右っていう定義はとても曖昧なものだからおかしくなっちゃうんだ。」
「どういうこと?」
「うん。鏡に映った映像っていうのは、実際には、前後だけしか反転してないんだよね。でも、目がついてる場所とか、そういう人間の作り的に、左右が逆になっているように認識しちゃうんだ。頭がある方が上で、足がある方が下。お腹がある方が前で、背中がある方が後ろ。でも、何がある方が左かって言われると説明できないでしょ。」
「うん。」
「つまり、左右対称にできてる僕らが認識する左と右っていうのは、上下と前後の軸がそれぞれ決まることで始めて認識できるようになる相対的なものなんだよ。だから、鏡で前後が反転しちゃうと、僕らが認識してる右と左が逆になっているように感じちゃうんだ。そうだ。ひとつ実験してみるといい。名前は?」
「直子。」
「うん、じゃあ、家に帰ったら、紙にサインペンで大きく “直” って書いてみて、それを裏から見てみてよ。つまり “直” っていう字の前後の軸を、鏡とか使わないで反転させてみる。そしたら左右が逆に見えるでしょ。鏡に映ってることって、これと同じことなんだ。」

僕はこういう感じで「鏡の問題」を理解して、納得した。そして、そのときと同じように説明した。でも残念ながら、夢の中の直子ちゃんは理解してくれなかったようで、

「なんか、何言ってるか全然わかんない。ホントにわかってるの?」

と、ずばっと言い放たれる。

知的好奇心を持って無邪気に質問してきた子供に、いい大人が満足に答えてあげられなんて、いったい 27 年間も何をしてきたのだろう、と悩む。


そんな感じの夢。

化学をやっていた学生の頃から、キラルとかアキラルの話がとても苦手だった。紙の上では理解しているつもりでも空間的なイメージが曖昧でしっくりこない感じ。光学異性体の章で必ず出てくる右手と左手の喩え。アミノ酸の L 体と D 体。対象と観察者。測定とは?

今でもなお、考えるたびに混乱する。

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