有限と微小のパン

講談社
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読了(2006/05/16)

心に残ったセンテンス

電光掲示板は、人間社会のメカニズムに類似している。一つ一つの微小なライトは、ただ、ONとOFFを繰り返すだけだ。言われたとおりのインターバルで、点いたり消えたりする。つまり死ぬか生きるかを表示しているに過ぎない。それを遠くから眺めると、文字が流れているように見える。意味のあるものが読める。つまりは、これが日本の歴史ではないか。その一つ一つの単位は、自分がどんな文字の一部となったのかも知ることはない。死ぬか生きるか、しかないのである。(P95)

「我々凡人は、ものごとを単純化しないと飲み込めない。それだけの器しかないからです。茶碗が一つしかないので、仕方なく掻き混ぜて、平均化する。幾つもの皿に、別々の料理を盛りつけて楽しむことができない。いや、たとえ、別々の皿に盛りつけても、食べる口が一つしかない。つまり、最後には一つになる。そこに限界があるのです。私たちの能力を規制している概念とは、すなわち、自分が一人だ、と思いこんでいることだ」(P128)

「目に見える自分の躰が一つしかない、そこから、生命が一つという概念が生まれます。死ぬときは躰全部が一緒だと規定する。だから、生きているときも一人。その錯覚が、人間の能力を規制する。制限するのです。悲しいときには、楽しんではいけない。怒っているときは、嬉しくない。良いと決めたら、もう悪くはない。より新しい情報で、古い情報を書き換える。0に1を足せば1。0に1を掛ければ0。計算をして、処理をして、格納して、参照して、消去して、結局は、答えを一つに規定する。この単純化を伴う統合に、自らの能力を抑制する。それが普通の人間です。ところが、彼らはそれをしない。それが不合理で不自由だと、子供のときから知っているのです。天才は計算をしても答えを出さない。彼らは、計算式そのものを常に持っている。我々は答えしか持たない。これが、凡人と天才の差です。だから、コンピュータにも真似ができない。計算しない計算機なんて作れない」(P129)

認識して、理解して、彼女たちは恐怖を感じた。
恐怖が、理解を基本としている証拠だ。(P185)

「恋の定義は?」
「その人を自分のものだけにしたい、という意味です」
「自分のものにするということは、メンタルな意味ではほとんどありえない。つまりフィジカルな拘束ですね?では、生物としてですか?それとも物体としてですか?」
「生物として」
「生きたままで、という意味ですね?」
「もちろんです」
「ありませんね。私は最近、生物に限らず、物体を欲しいと思ったことはありません。欲しいものはすべて情報です。情報を入手するための手段として、環境、すなわち物体が一時的に必要になるだけのことです。貴女が、恋人を欲しいと望むのも、これと同じでしょう。貴女は、その恋人というハードを介在して得られる情報、すなわちソフトを望んでいるだけです」
「そうではありません」
「いいえ、情報が知識あるいは観念として貴女に定着すれば、そのハードもメディアも不要になりますよ。貴女が快楽だと勘違いしている現象は、物体から発生する情報であって、物体そのものではない。もし、貴女が、恋人との間に物理的な快楽が存在すると考えているのなら、それは、ディスクが磁気ヘッドに接近して生じる空気音のようなものでしょう。実は触ってはいない。そこを通過するのは信号だけです。それらはすべて、VRで再生可能な感覚なのです。媒体と本質、メディアとコンテンツを見誤ってはいけません」(P240)

「人の死を、必要以上に強調して扱うことを僕は好みません。それが尊いものを扱う最良の方法だとも思わない。自分の親が死んでも、恋人が死んでも、僕は泣かないでしょうね。損失が大きいほど、泣いてなどはいられない」
「では、どういうときに泣かれるのですか?」
「感動したときですね」塙は微笑んだ。さきほどよりリラックスした笑顔だった。「自分の持っている価値観が破壊されるとき。そのダイナミックな瞬間です」(P265)

 

「貴女は、頭が良い」犀川は煙草を消しながら言った。「自分を馬鹿に見せようとするのは、やめた方が良い。過去にそれで得をしたことがあったのなら、それは、相手が馬鹿だっただけのことです」(P424)

この言葉を伝えたい人がいっぱいいる。

重力と遠心力の比率を求めている一連の会話(P432)は、なんか素敵。

「方程式を組み立てる。あとは、コンピュータが解いてくれる。答えを求めることは、計算と同じで、高等なレベルの仕事ではないんだ。いつも言っているけれどね、人間の能力とは、現象を把握すること、そして、それをモデル化することだ。現象と現象の関係を結ぶことだよ。それはつまり、問題を組み立てる、何が問題なのかを明らかにすること。それができれば、もう仕事は終わり」(P650)

「正確な位置を確認したくて、ここにいるわけじゃない」犀川が淡々と言う。「普通の生活で、町を歩いていても同じこと」
位置を確認するために存在しているのではない。
価値を確認するために生きているのではない。(P744)

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