失恋、そして過酷な現実(前編)

僕が住んでるつくば市一帯では珍来というラーメン屋(チェーン店)が一大勢力を誇っています。珍来はつくば市のあちこちに存在しますが、そのうちの一つに通称「インチン」と呼ばれている店舗があります。インチンとはインターナショナル珍来の略で、店員のほとんどが中国人であることから、インチンのすぐ側にある日本人店員ばかりの珍来「ドメチン(ドメスティック珍来)」と比較して名付けられたそうです。

さてそのインチンですが、なるほど本場にふさわしく他の店舗に比べてワンランク上のラーメンを提供してくれます。いつしかそこの珍来にしか行かなくなったのは、ラーメン好きの僕としては至極当然のことだったのかもしれません。

そして週三回のペースで二ヶ月間通っていたら、いつも見慣れた店員の顔と名前を自然に覚えてしまいました。いつもレジに座っているおばさん阿久津さん、十両力士あたりに名を連ねてそうな風格の女性、羅(ラ)さん、チャーシューの発音がやたらと上手な王(ワン)さん、店員のなかでは一番若い陳(チン)さん。それぞれ個性的な面々でした。そしてしばらく通ううちに、僕はいつしか羅さんの男らしさに心を奪われていきました。もしかしたら恋をしていたのかもしれません。気がつくと僕は味噌ラーメンを食べに行くのではなく、羅さんに会いに行ってたのです。

ある日のことです。いつものように研究室で羅さんのすごさについて話していたら、友達のひとりが羅さんのことを見たいといいました。もうかれこれ二日もインチンにいってなかったので、僕は二つ返事で了解しました。

席につき、オーダーをとりに来たのは陳さんでした。味噌ラーメン、と頼もうとして陳さんのほうを見ると、その名札には「鈴木」と書いてありました。なるほど、陳さんは日本人男性の鈴木高志(31歳、金物屋のせがれ)とでも結婚したのだろうと思いました。「おめでとう!」と、陳さん、もとい、鈴木さんのことを心から祝福しました。

さて、注文した味噌ラーメンを待つ間、自然と僕は羅さんの姿を探していました。しかし彼女はどこにも見当たりません。今日はおそらく出勤していないんだよ、と友達に弁解し、みんなでミッドウェー海戦について熱く語っていると、友達のひとりが、あ、あの人じゃない? といい、外を指しました。そう、外にいたのは紛れもなく羅さんでした。僕はどきどきしながら、羅さんのほうをちらちら見ながら、幸せをかみしめていました。

数分後、味噌ラーメンを運んできたのは羅さんでした。僕はうれしくなって、会心の笑みをこぼしながら羅さんのほうを振り向きました。

この瞬間を今でも忘れません。そう、僕の目に飛び込んできたのは「吉川」と書かれた名札をつけた羅さんでした。目の前が真っ暗になり、目の前の味噌ラーメンが歪んで見えました。数分の間、味噌ラーメンに口をつけることさえできませんでした。友達が慰めてくれるほど、かえって切なさが増していきました。

しかし、この後さらに過酷な出来事が待ち受けていたことにこのときはまだ気づきませんでした。(後編に続く)

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