ソーシャルキャピタルをいまさら実感

ここ一ヶ月、VALUに少し積極的に参加してみて、ようやく知識だけで理解した気になっていた評価経済社会のパラダイムを肌で感じることができた(気がする)。頭悪すぎて辛い。まあそれで少し思ったことは、Twitterなどで多くのフォロワーがいる人ってこの感じを5年も10年も前から実感してて、他の人がのんびり旧来型の価値観の中で活動してる間に、わかりやすい評価であるソーシャルキャピタルをコツコツ築いてたんだなあと。閾値より下にいる僕にはほとんど感じられなかったこの感覚が馴染みのある「金額」として表示されて、はじめてリアルに実感できた。

いまは「評価」がソーシャルの影響力に偏り過ぎているけど、ソーシャルに露出がなくても、ある人が持つスキル経験実績など(こんなことができる、こんなプロジェクトをやってきた、こんな論文や本を出したみたいな)が評価に反映されたとき、より本質的な価値に近い形に収束していくんだろうなあと思いました。小学生の感想文みたいだ。

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こんにちは!カノといいます👓
インターネットやテクノロジー、ビジネスモデルや歴史(世界史・日本史)、美術などが好きです。メガネのせいか真面目っぽく見えるらしいですが、基本的には昔からいい加減な性格です。
このブログは昔からずっと個人的な日記みたいな感じで書いてきていて、基本的には個人的なログになりますが、興味のあるところだけ読んでいただけるとうれしいです。コメントやTwitterのフォローなどは大歓迎です。

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