電話してね

森博嗣の『詩的私的ジャック』という小説で、心に残っているフレーズがある。

「相手の思考を楽観的に期待している状況…、これを、甘えている、というんだ。いいかい、気持ちなんて伝わらない。伝えたいものは、言葉で言いなさい。それが、どんなに難しくても、それ以外に方法はない」

「思考」は、脳の中のニューロンを伝わるただの電気信号だ。そして当然だけれども、その電気信号は相手までは伝わっていかない。だからこそ人間は、近似的とはいえかなり高い精度でお互いが思っていることを共有できるように「言葉」という手段を作ったのだろう。

「夜も話したいから、電話してね」

昨日、小山の駅ビルにいた中学生カップルの女の子が別れ際に相手の男の子にいった言葉がちょっと心にひっかかった。

20 代も後半になって、東京で仕事をするようになって、いつからかそんなストレートな言葉をあまり口にしなくなり、聞かなくなったからであろう。そしてそれは、いいかえれば相手に正確な気持ちが伝わっていないし伝わってきていないという寂しい事実でもある。

言葉の裏を読み取ってほしいだとか、態度でこっちの気持ちをわかってほしいだとか、そんな複雑なやりとりや駆け引きは、恋愛に限らず、きっと気持ちを相手に正確に伝える手段にはなりえないのだろう。

一時間に一本しか来ない電車を待ちながら、ぼけっとそんなことを考えていた。

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