砂漠 切り抜き

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「堂々としている」
彼女のその評価は、西島の本質を言い当てていると僕は感じた。
「恰好悪いけど、堂々としているんだ」鳥井は自慢げだった。「見苦しいけど、見苦しくない。西嶋を見てると、何でもできる気がするんだよなー」
「西嶋には涯てがない。そんな感じだ」僕が思いつきで口にすると、鳩麦さんが、「ああ」と歯を見せた。「坂口安吾にもそういうのあったね。桜の下に涯てはない、って」
「服屋の店員さんって、安吾を読むんだ?」僕の言い方は意図せず、挑発的だった。
「学生も小説なんて読むわけ?」鳩麦さんは皮肉めいた顔を作り、そう答えた。(P62)

「あとね、わたし、いつも笑っちゃうんだけど」と続けた。「服屋に、彼女の付き添いで来る男の人って、みんな、つまらなそうな顔をしているんだよね」
「そうなの?」
「絶望的な顔をしているんだって。興味なさそうに後についてきてね、彼女に、これどう?なんて言われるとね、いいんじゃない、って生気を失った表情で答えるの」可笑しそうに、彼女は口を押さえる。「でね、そういう彼氏たちが死ぬほど恐れていることは、何だか知ってる?」
「何だろう」
「彼女がね、散々、悩んだあげく、服を畳んで、『もう少し他のお店も見てから決める』って言い出すこと」
「分かる気がする」(P123)

「学生はね、時間を持て余しているし、頭もいい。しかもこう思っている。『自分だけは他の人間と違うはずだ』と。自分は何者かである、と信じてる。根拠なくね」
「なるほど」と僕は納得をした。西嶋は眉をひそめた。
「だから、学生はたいがい、二通りに分かれる」
「二通りですか」
「その場凌ぎの快楽や楽しみに興じて、楽しければそれでいいんだ、と考える学生と」
言われて僕の頭には、莞爾の頭が浮かんだ。
「もう一方の学生は、自分が何者かであることを必死に求めるタイプだ。真剣に考えて、さまざまな知識や情報を得て、それで自分だけは他人と違うと安心するものだ」麻生氏は続けた。「僕が考えるには、前者の、『楽しければいいじゃないか』タイプの学生は、さほど心配することはないんだ。彼らは社会に興味を示さないけれど、最終的には社会に溶け込んでいく。言ってしまえば、要領がいい。逆に、もう一方の学生は危険だ。情報を手に入れることで人より利口になったつもりになって、社会の矛盾や異常を気にかける。自分だけが利口で、まわりは愚かだから、自分がどうにかみんなの意識を変えなくてはいけない、と使命感を帯びてくる。環境問題を訴える人間に近い。環境破壊に気づいているのは自分だけで、だからどうにかしないと、と慌てるんだ。こう言っては何だけれど、傲慢で、幼稚な善意としか言えない」(P235)

「サン=テグジュペリの本、読んだことがある?」と、西嶋が先日言った本のことを訊ねてみた。うろ覚えのタイトルを口にすると鳩麦さんは、読んだことあるよ、と反応を示した。「西嶋くんのルーツはそこかあ」と笑った。
「ルーツっぽいんだ?」
「細かいことは覚えていないんだけど、ただね、私も覚えてる文があって」
「どんな?」
「『どこか遠くの彼方には難破している人たちがいるんだ、こんなに多くの難破を前に腕をこまねいてはいられない、我慢しろ、今、ぼくらのほうから駆けつけてやるから!』」
「へえ」
「うろ覚えだけどね。でも、これって西嶋くんっぽくない?」
(中略)
「似てる」
「でしょ。それから、『人間であるということは、自分に関係がないと思われるような不幸な出来事に忸怩たることだ』っていう文もあった」(P241)

「確認したいんだけど」鳩麦さんは、きりっと顔を引き締めたかと思うと、「それは、東堂さんがいろんな男の人と付き合うのを見て、惜しくなったってこと?」と訊ねた。
「そうじゃないんですよ」と西嶋は目を強張らせ、いつもの彼らしい口ぶりで、「笑ってる東堂の隣にいるのは、俺じゃないと嫌だって思ったんですよ」と高らかに言った。
僕と鳩麦さんはその宣言とも我が儘とも取れる言葉を聞き、少なくとも僕は感動し、鳩麦さんも横から見ている限りでは目を潤ませた。(P355)

「学生時代を思い出して、懐かしがるのは構わないが、あのときは良かったな、オアシスだったな、と逃げるようなことは絶対に考えるな。そういう人生を送るなよ」と強く言い切った。そして最後にこう言った。
「人間にとって最大の贅沢とは、人間関係における贅沢のことである」(P408)

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