ゴールデンスランバー

帯に伊坂幸太郎の小説の特徴を端的に表す紹介文がありました。

「精緻極まる伏線、忘れがたい会話、構築度の高い物語世界」

そうそう、まさにこれ。

伊坂小説を読んだ後に「なんか得した感」を味わえるのは、伏線でビックリさせられ、会話で心にやわらかい傷を残され、物語世界で読後の余韻に浸らされる、というトリプル攻撃があるからでしょう。

その中でも僕が特に好きなのは会話ですね。

伊坂小説の紹介をするときは、『終末のフール』のときも『フィッシュストーリー』のときもそうでしたが、とにかく会話が印象に残ります。

今回もいろいろありましたが、ひとつだけ引用。

青柳雅春は折ったばかりの、二つの板チョコを眺めた。丁寧にやったつもりではあったが、それでも、斜めに切れていた。見比べた後で、左手に持ったほうを、彼女に差し出した。樋口春子はしばらく、動きを止め、そして急に暗い顔になり、彼の差し出した板チョコを見下ろした。
「あれ、どうしたの」と訊ねても、すぐには返事がなかった。
「あのさ」とそこで樋口晴子が重々しく、口を開いた。そして、ふうっと短く息を吐いた。軽やかで、爽快感すら感じさせる声で、「あのさ、わたしたち、別れようか」と続けた。
「え」青柳雅春はたじろぎ、「え、これ、チョコ」ともう一度、手に持った板チョコを前に出す。
「前から思ってたんだよ」
「どういうこと?」
「青柳君、今さ、板チョコを割って、どっちが大きいかなって確かめて、それで、少しでも大きい方を私に寄越してくれたんでしょ?」樋口晴子の表情はとても穏やかで、微笑みもあった。
「あ、うん、だね」その通りであったから、うなずく。
「青柳君って、そういう細やかなところに気を配ってくれて、優しいでしょ」
それが自分の長所を挙げているのではないとはわかった。樋口晴子は手にある半分の板チョコを両手で持ち直し、無造作に、さらに半分に折った。切り口が尖った不揃いの割れ方で、破片が飛んだ。右手に持ったほうを、「はい、これ」と前へ出した。
「はいこれ?」
「って感じでさ、大雑把でいいと思うんだ。細かいことなんて、どうでも良くてさ、あんまり気を遣わないで。少しくらい、チョコが小さくても、わたし、怒んないし。わたしと青柳君、もう随分長いこと、付き合ってるんだよ。卒業してからは仕事であれだけど、だいたい一緒だったんだし、そこまで気を遣うことない。そう思わない?」
「親しき仲にも礼儀あり、という言葉が」
「あるけど、そういうんじゃないんだよ」
「板チョコを半分に割るのがそんなに?」
「青柳君は少しでも大きい方をくれる」
「それが樋口の機嫌を損ねたってこと?」
「無茶を言ってるのはわかってるんだよ」
樋口晴子は顔をゆがめた。(P95-96)

ぐむう、って感じです。

こういう何気ない風景を、言葉で捉えられるところがすごい。

って、内容ぜんぜん紹介してないですね。

とりあえず帯から引用すると、

「首相陰謀の濡れ衣を着せられた男は、巨大な陰謀から逃げ切ることができるのか?」

という、まさにエンタメ小説といった感じ。

伊坂幸太郎っぽい伏線は今回は控え目だった気がしますが、相変わらず面白いので止まらずに一気で読めると思います。長い年末年始にどうでしょうか?

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