スカイ・クロラ 切り抜き

切り抜き

理屈が先にあって、その理屈で感情がある振りをする。
ずっとそうしてきた、子供のときから。
そうしないと、みんなが恐がる。父も母も、僕のことを恐がった。だから、もっと普通の子供に見えるように、僕は努力した。まわりの子供たちをよく観察し、こういうときは笑う、こうなればなく、個々では塞ぎ込む、ときどき相手の様子を窺って、甘えてみせる。まったく余分なことだと僕は思うけれど、これが大人たちには大切なことのようだった。(P131)

「何を考えている?」
「それは、疑問文? それとも、警告?」
「純粋な疑問文」(P137)

「たとえば、将来の計画は?」
「計画って?」
「いつまで生きるつもり?」
「考えてない」
「どうして、考えない?」
「考えてもしかたがない。どうせ、いつか、誰かに撃たれて死ぬんだし。それは僕には想像もできない」
「でも、君の人生なんだよ」
「そうかな…」僕は肩を竦める。「それ、よくそういうふうに言うけれど、僕の人生なの? これって」
「じゃあ、誰の人生?」
「誰の人生でもないんじゃないかな」(P185)

つまり、これが、三ツ矢碧に初めてあった夜と、三ツ矢碧に初めてあった場所になった。そういう夜も、場所も、一生に一度、世界に一箇所しかない貴重なものだから、少なくとも即座にゴミ箱に捨てるわけにはいかない。パーティションかコルクボードのどこかに、マグネットかピンでとめておく方が無難だ。誰でも最初に出会ったときには、その相手が自分の将来にどれくらい関わる人物なのか判断がつかない。ただ、予感だけをピンでとめるしかない。(P211)

ボールの穴から離れた僕の指は、
今日の午後、
二人の人間の命を消したのと同じ指なのだ。
僕はその指で、
ハンバーガも食べるし、
コーラの紙コップも摑む。
こういう偶然が許せない人間もきっといるだろう。
でも、
僕には逆に、その理屈は理解できない。
ボウリング場のシートと同じグラスファイバが、ロケット弾の翼に使われている。花火大会と爆撃は、ほぼ同じ物理現象だ。自分が直接手渡さなくても、お金は社会を循環して、どこかで兵器の取引に使われる。人を殺すための製品も部品も、必ずしも人の死を望む人たちが作っているわけではない。
意識しなくても、
誰もが、どこかで、他人を殺している。
押しくら饅頭をして、誰が押し出されるのか……。その被害者に直接触れていなくても、みんなで押したことには変わりはないのだ。
私は見なかった。私は触らなかった。
私はただ、自分が押し出されないように踏ん張っただけです。
それで言い訳になるだろうか?
僕は、それは違うと思う。
それだけだ。
とにかく、気にすることじゃない。
自分が踏ん張るのは当然のことだから。
しかたがないことなんだ。(P245)

「クサナギさん、お金持ってます?」
「ええ」彼女はすました表情で頷いた。「どういうこと?」
「二つある」
「二つ?」
「高そうだから、てことと、僕はお金を持っていない、てこと」
「そう?」クサナギはメニューに視線を落とす。「じゃあ、私の二つを聞きたい?」
「何です?」
「値段を気にする男は嫌い、てことと、値段を気にしない男はもっといけ好かない、てこと」(P255)

笹倉の望みは、実に現実的だ。
彼の望みは、いつも形があって、しかも、すぐそこにある。
手を伸ばせば届くところにあるのだ。
僕は、それが羨ましかった。
それに比べて、
僕は、いったい、何を望んでいるだろう?
人生のための楽しみか?
それとも、余裕だろうか?
わからない。
ただ……、
理解、でないことは確かだ。
人に理解されることほど、ぬるぬるして、気色の悪いことはない。僕はそれが嫌いだ。できるだけそれを拒絶して、これまで生きてきた。(P290)

「クサナギさんが、クリタという人を撃ったのは、だからきっと……、終わらせてあげようっていう、彼女の愛情だったんだと思うの」
三ツ矢は僕を見た。
どうやら、それが、彼女がいちばん言いたかったことらしい。
まるで、機銃を撃ったあとのような目つきだったからだ。
自分の弾筋を追うなんて危険な行為だってことを、アドバイスしようかと僕は思った。
そういうときは、すぐに離脱しなくては駄目だ。もっと、後ろを見て、上を見て、下を見て、できるだけ早く次の動作に移らなくてはいけない。この一瞬の静止が一番狙われるとき。一番遅れるとき。最も人間が無防備なときなのだから。(P301)

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