僕らはスネ夫になれなかった

小さな頃からスネ夫にあこがれていました。

いや、正確にいえば、空き地でラジコン飛行機を自由自在に操っているスネ夫にあこがれていたといったほうがいいかもしれません。

ただラジコン飛行機というおもちゃはスネ夫だけが所有していたことからもわかるように、当時も今もとても高価で、なかなか手が出るものではありません。正確な値段は知りませんが、数十万するのは間違いなく、いわば勝ち組だけが持つことを許された高級品なわけです。

さて、お盆に祖母の家(茨城)から帰ってきた日のことです。弟と一緒に帰ってきたのですが、なんとなくオモチャ屋に入ろうってことになりました。すると入口付近の特設コーナーで「エアロソアラ」という新商品の紹介ビデオが流れていました。

きました! 僕が待ち望んでいたのは、まさにこれです!

部屋の中でスイスイと操縦する幸せそうな親子。低空飛行やアクロバティックな動きで自由自在に飛行機を操る青年。みんなものすごい楽しそうです。

当然です。彼らは自由という翼を手に入れたのですから。

そしてそれを見ていた僕らも自由を手に入れたくなり、ドキドキして値段を見ました。そしたら、なんと2500円で買えるじゃないですか。

すぐ横で同じく値段を確認していた弟と顔を見合わせ、無言で頷きあいました。そう。お互いが1機ずつ買うというコンセンサスのサインです。

僕は翼にバーコード模様が描かれている機種を購入。普通の箱に入っているスタンダード版と、キャリーケースつき(3500円)とで結構な時間悩みましたが、キャリーケースは2機目以降のお楽しみにすることにしました。

当然ながら、帰りの電車はエアロソアラの話題で持ちきりです。

おりしも『スカイ・クロラ』を読んだばかりということもあって、「空中戦じゃ、俺の右に出る人間はいないぜ!」とか「僕の右手がときどき人を殺す。その代わり、誰かの右手が僕を殺してくれるだろう。」などと『スカイ・クロラ』の引用をしたりして、20代後半のいい大人がウザいぐらいのハイテンションです。

しかし、何事もすんなりといかないのが世の常です。

帰宅後、嬉々として封を開け、その機体を取り出そうとしたときに猛烈に嫌な予感が走りました。

なんだか貧弱なんです。

発泡スチロールでできた機体はちょっと引っ張るだけで折れそうです。というか、端っこのほうがデフォルトで少し折れてます。なんていうか箱から出そうとするだけで、僕の右手がエアロソアラを殺しそうな勢いなんです。

今思うと、この時点ですでに僕も弟もエアロソアラで楽しむことを暗黙のうちに半ば放棄していたように思います。

しかし、これを開封するまでの1時間の異様なハイテンションぶりや、2機に費やした約5000円をアッサリ否定することもできないというのが人情です。もう引くに引けなくなっていたのです。

なので、その複雑な思いは「うわー、思ったよりシャープな機体だなあ」とか「おおー、これで俺も勝ち組入りだ!」などという無理矢理あげたテンションに表象され、喩えるならば、倦怠期を迎えている恋人同士がもう出会った頃には戻れないことがお互いにわかりつつも、なんとか気持ちをあの頃へ戻そうと、一番楽しかった時期によく行った思い出の場所でご飯を食べるみたいな複雑な空気が部屋を支配していました。


そして、おそるおそる飛ばしてみると、あまりに予想通りなひどい結果でした。

まず、扇風機の風でアッサリ流されて墜落します。扇風機をオフにして再チャレンジするも、手から離した瞬間に変な弧を描いて墜落します。リモコンでプロペラを回す暇すらありません。滞空時間が平均で3秒切ってるので、空中戦どころではありません。

10分くらいでしょうか。何度かトライしているうちにちょうどゴミ箱の中に墜落したので、僕は無言でリモコンも一緒に放り込み、幼い頃からずっと心に描いていた希望と一緒にエアロソアラを葬りました。気づくと部屋にすでに弟はおらず、自分の部屋で漫画を読んでいました。僕よりも数分あきらめるのが早かったようです。

救いようがないくらいに無駄遣いをした気がして少々へこみましたが、キャリーケース版を買わなかった自分を誇りに思い、その日は早々に床につくことにしました。

※たぶん僕らが下手なだけなので、うまく飛ばすコツを知ってる人がいたら教えてください

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